2012年05月14日

「いつ・どこで・何が」(第295回)

名古屋から近鉄電車で伊勢に向かっている。
この電車に乗る前に、JR名古屋駅の中央線ホームに行ってみた。あの事故の時から17日ぶりだった。実際どのような階段だったのか、どうしてももう一度、現場検証をしておきたかった。
ホームから途中の踊り場まで、7〜8段位だろうと思っていたが、数えてみると17段あった。だれかが後で「石の階段だから、よく大けがをしなかったね」と言っていたが、まさに石の階段だった。1段の高さが13センチ、それほど高くはない。きっとこのことが大きなけがにつながらずにすんだのだろう。
しばし、ホームから階段下を眺めていた。誰も昇り降りしていない階段は不気味に、冷たく見えた。黙ったままじっと私とにらめっこしていた。どこからともなく自然に切なさのようなものが込み上げてきた。もしかしたら僕はあの時この場所で…。僕は今こうしてここに立っている。「生きている」ということをしみじみと実感させられている。心配をして声をかけてくれた多くの人の顔が浮かんだ。「ありがとう」自然にその言葉が口をついて出た。

 8時を廻っている。電車は暗い夜の帳を単調な音を響かせながら、ひたすら走り続けている。窓の遠くに、灯りのともった住宅が沢山見える。この灯りはずっと、永遠に灯っていなければならない。それがあたりまえなのだから。
僕は今、病院の部屋で病魔と闘っている父親のもとへ急いでいる。昨日まで何もなく元気でいた父が急な病で病院に担ぎこまれた、という知らせを聞いて、急遽仕事先から向かっている。
僕が事故からじっとしている間にも、様々な所で様々な事故、災害に巻き込まれて命を落とす人が後を絶たない。運命と言ってしまえばそれまでだが、当事者としては、あまりにも耐えがたい。なぜ、今、こんなところで命を終えなければならないのか、そんな行き場のない慟哭の声が聞こえてくる。
いつ、どこで、何が起こるかわからない。そんな時代に私達は生きている。

下の踊り場までおちました。(295回) (NXPowerLite).JPG
  下の踊り場までおちました
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2012年05月07日

「今年のゴールデンウィーク」(第294回)

新緑が本当に眩い。
一日ごとに木の葉が増え、大きくなっていく
あらゆる植物が一斉に芽を出し、花を付け、
ぐんぐんと、大きくなっていく様を誇っている
太陽に照り輝く黄緑の葉は、まさに命の輝きそのもの
野山は新しい命に満ちている。
番いの鳥はようやく飛べるようになったばかりの小鳥をつれて、
木から木へ、大きな鳴き声を残して、
虫のありか、生きるすべを教えている
人は水で満たされた水田に新しい苗を植える
命の輝きに満ちた春が私の前に広がっている    
こんなに命を感じた春があっただろうか…… 

初めてゴールデンウィークを通して休んだ。今年はもともと9日間の休みということにしていたのだが、結局連続12日間休んだことになる。
別に海外旅行をしたわけでもない。4月24日に名古屋駅のホームの階段から10段程転げ落ち、途中の踊り場に倒れた時には気を失っていた。転げ落ちる前から気を失っていたのか、落ちたこと自体を全く覚えていない。駅員の人の「もしもし、大丈夫ですか?」という声で意識を取り戻した。その瞬間、頭と足が痛くて立ちあがれない。「すぐ救急車を!」という声に「ちょっと待って。大阪に帰ります」と懇願した。頭、顔、膝が痛いが出血はしていない。意識は元に戻った。兎に角大阪まで帰らなければ、という想いを伝え、無理矢理新幹線に乗せてもらい、新大阪まで帰った。改札からすぐ救急車で病院に運ばれた。病院に着いた時はすでに日付が変わっていた。
様々な検査が行われたが、足の骨には異常がない。CT検査では、脳内出血が見られるというので、緊急入院ということになった時には午前3時を廻っていた。
翌日昼前から再度CT、MRI検査が行われたが、血管に異常はない。脳内出血は止まっていた。
兎に角もう一日経過を観察しようということになった。その間色々検査をしたが、問題となるような異常は認められない、ということで2日間の入院で退院した。
その後、自宅静養ということになったが、しばらくは欠伸をしても頭に響いた。今でも側頭部にできたコブがまだ少し残っており、触ると痛いから、余程激しく打ったのだろう。しかし、意識を失っていたことが致命的な怪我にならずにすんだのかもしれない。 

という、今年はとんでもないゴールデンウィークになってしまった。
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2012年04月23日

「沈黙は力―言ってはいけないひとこと―」(第293回)

「佐藤さん!おれってやっぱり学習能力ないってつくづくわかったよ!」と受話器を取るなり、いきなり半分笑いながら、半分苦渋に満ちた声で彼は話し出した。「突然どうしたの?」という私の声が終わるか終らないうちに「いやあ〜、又女房とやっちゃった」と子供のような声で言ったが、私には何がおこったのかすぐにわかった。
人間は、どんなに親しい間柄であっても、言っていいことと言ってはいけないこと、我慢しなければならないことがある。「そこまで言ってはだめだろう」ということが当然ある。言葉に出してしまったらもうそれで決まり、どうにもならない、後もどりはできない、それが人間関係の掟である。昔の日本にはそういう道徳・人間関がしっかりと根付いていた。自覚されていた。それが「人間の器量」を計る大きな一つでもあった。しかし道理として分かっていても、いざ自分の事、当事者になった時には果たして守れるかどうかとなると、やっぱり難しいことが多い。そこに失敗が生まれる。取り返しのつかないことが起こることもある。 

「沈黙は宝」と言われることがある。「売り言葉に買い言葉」となったばかりにそれまで苦労して積み上げられた関係は、一瞬にして思ってもみなかった方向にいってしまい、どうにもならなくなるという経験を、「器量」のない私は、もう何度しただろうか。言葉を発してしまった後「しまった!」と思うが後の祭り。先ほどの電話の彼ならずとも、そんな時は自己嫌悪と反省に苛まれてしまう。
後の祭りになってしまった時、私には必ず「沈黙は力」というこの含蓄のある言葉が、ある光景とともに、脳裏に思いだされてくる。
人に何を言われても黙って、じっと耐えながら聴いていた父の姿を、私は忘れることができない。それは何かの宴会の席だった。あまりに帰りが遅いので、母の言いつけで村の寄り合い所まで様子を見に行った時、父が私の目の前で、皆の目の前で人から殴られてしまうという瞬間を、私は見てしまった。それでもじっと微動だにしないで、その人を見つめたままの父を見て、私はとても悲しくなり、泣きながら黙って一人で帰ったことがある。小学5年生の時だったが、今でも昨日のことのように覚えている。
それがどのようないきさつだったかなど当時の私には全く分からなかった。今もわからない。しかし、そのようなことがあってから、私の父が村の中で一番信頼されるような人になっていった事だけは確かなようだ。
そんな経験をした私は、そのことが正当かどうかにかかわらず、面と向かって罵詈憎言のような言葉を浴びせられたような時でも、全く口がきけなくなった。学生運動甚だしかった我々の時代、よくそのような経験をした。その様子をよく人から「せせら笑われる」ようなことがあったが、何も発せられなくなった。 

仕事の場面でも、家庭の関係でも、友人・恋人同士でも、この「それを言ってはおしまい」という言葉は共通している。どのような時代でも共通している。言葉のコントロールを身につけるのは容易ではない。感情の動物である人間と理性を持った人間が同居している我々、この二つの人間の側面をどれだけうまくコントロールできるか、その能力がどれだけあるかによって、人間の器量が決まるのかもしれない。ではそのコントロール能力とは何によって決まるのだろう。
それは、「つらい経験」の量かもしれない。 

*5月6日までお休みをいただきます。
 従って、次回のコラムは5月7日を予定しています。
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2012年04月16日

「心遣い」(第292回)

袋を開けている間中、「だれだったかな?」と考えていた。開けるまでに思いだそうと、ゆっくり開けていった。木の箱が見え、やさしい木の持つ香りが「ふわーっ」とあたりにひろがった瞬間に思い出した。
10日ほど前に初めて会った、ある工務店の社長から突然小包が送られてきた。
「きれいな絵ハガキありがとうございました」という文章から始まる手紙が入っていた。初めてお会いした後私が出した、お会いできたことへのお礼のはがきに対してのお返事だった。昨年の夏旅行した折に撮ってきたノルウェーのフィヨルドの写真を絵葉書にして送ったものだった。
直径10センチ弱、長さ15センチ位の丸いビンに詰められた「はちみつ」が出てきた。ビンにはその社長と息子さん、お孫さんらしい人の写真が貼ってあった。趣味で蜂蜜をつくっている、というお手紙だった。手紙の中には養蜂姿のご自分の写真が刷り込まれていた。「佐藤さんが炭焼きを始められたというお話が印象的で……」という文章が綴られていた。
その人にお会いした時に、養蜂の趣味についてはお話されていなかったように思う。最もお酒の席だったから私が忘れてしまったのかもしれない。このような、趣味と呼ぶにはあまりにも本格的なプロのようなことをされている人が、私の炭焼きの話をどのような気持ちで聞いていたのだろうと思うと、とても恥ずかしくなってきた。
初めて会った人に、突然このようなサプライズを送ってくれたこの人の心遣いが胸に染みた。その手紙と蜂蜜の入ったビンを両手に持った時、思わず涙がこぼれそうになった。世の中にはやはりこのような人がいるのだ。すぐにでも電話でこの気持ちをお伝えしたかった。だが、すぐお電話をするのはあまりにもこの行為と気持ちに対して失礼な気がした。
もう何年も前になるが、以前このコラムに「手紙」というテーマで書いたことがある。もう一度少し引用してみたい。「…手紙を書いて投函して、この気持ちが伝わるのはあと何日か先である。この時間はきっと、耐えることのない関係を作ってくれるためにあるのだろう。時間がかかるということは、それだけ関係が深く、味わいのあるものになるということではないか…」その気持ちが蘇った。
どのように今のこの気持ちを伝えればいいのか。このことをしっかり考え、この気持ちに十分応えることをしよう、それが今の私に課せられた大切な課題だろう。思わぬサプライズになるようなことができるだろうか。
きっとこの方との関係はこれから切れることはないのだろう。いや、切れることのないようにしなければならない。私に又、大きな財産ができた。

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2012年04月09日

「街道をゆく](第291回)

旅に出る時にどの本を持っていこうかといつも悩む。
今読んでいる本でも、大きく分厚いものは重いし邪魔になるから止める。小さな文庫本でも、残りの分量が足りないようだともう一冊持たないと時間が持たなくなる。文庫本なら2冊持ってもそうかさばらずしれているからと、次に読みたい文庫本があるとそれで決まる。
それにしても、いっそこういう本と決めればいつも悩まなくてもいいのにと思いながら、これまで中々そうならなかった。
3時間以上も電車に乗って、夜も付き合いがないと分かっている時にはこの時とばかりに机にいつも積んであり、手が伸びなかった宮本常一とか、柳田國男とかじっくり時間がかかりそうなものをもって出ることが多かった。この手の本は、これまで地域の風土、暮らしと歴史というものに尽きぬ想いを持ってきた私のそばにいつもあった。
しかし最近この手の内容の本は、体力と集中力と持続力が落ちてきているのかとても疲れる。著者の真面目さに中々ついていけないことが多くなってきた。
学者というのは真面目な人がほとんどだから、しっかりと集中して読んでいないと何を読んでいるのかわからなくなって、結局は睡眠薬変わりになってしまうことが多い。
この手の本は家で何にも邪魔されない時間のあるときにじっくり読まないと、旅の途中では気が抜けなくて疲れが余計に出てしまうように思えてきた。 

そこで司馬遼太郎の文庫本「街道をゆく」(朝日文庫)に決めた。
この「街道をゆく」は、今の他愛のない私の精神状態にはとてもいい。何がいいかというと、彼は小説家であるということがまずいい。小説家であることがなぜいいかというと、文章に情緒であったり、遊びであったり、余談があったり(特に司馬遼の場合この余談というのがいい)読む方にも楽しいゆとり、想像力のようなものが湧いてくる。
「街道をゆく」は多分に司馬遼のその時の気分、感性で書かれているような読み物である。しかも、後で入念な資料との突き合わせが行われており、そのことが横道にそれる形で、読者の知識にふくらみが出てくる。もっともこの本は読む側のそういう気分も十分計算された上で書かれている。いわば関連情報の泉のようなものだから、一度に色々なことを教えてもらうことができる。
読んで知識を得る、事実の確認をする、歴史を読み解くということに加え、司馬遼の小説を読んでいるのと同じ楽しさがある。
そして何より私にとって嬉しいのは、43巻もあるこの本はまだまだ沢山読めるということだ。旅する先に合わせて本を選べるということもとても利にかなっている。楽しいゆたかな気分が当分続きそうだ。 
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2012年04月02日

「バスの車内放送」(第290回)

又、いつも乗るバスの話。
「次は東豊中4丁目…」というアナウンスが流れる。これまで別に気にもならなかったのだが、突然聞き慣れない声、どうやら人が代わったようだ。イントネーションが違う。言葉の区切りも我々がこのエリアで通常言う言葉とは違う。「東」で切り「豊中4丁目」と言う。しかも前にアクセントがあるから全く聞き慣れない言葉になって、違うところのような気がする。しかもこのバス、何故なのかわからないが、同じような内容のことを女性二人、男性一人の3人の声で放送する。どのように分けられているのかあまりよくわからない。今回その中の一人だけが変わったようだ。この人はどうやら外国人のようだ。非常に上手な日本語である。外国人としては。しかし、こういうローカルなところでのバスの車内放送に外国人のアナウンスというのがとても違和感を感じる。なぜ外国人なのだろう。別に外国語で放送しているわけではない。これまでと同じ放送内容である。多分殆ど変わっていないだろう。なぜ変える必要があったのかも全くわからない。

2週間ほど前からなのだが、いまだに馴染めない。バスに乗っている間中気になって仕方がない。
ただでさえ、このバス、違う声で3人も放送する。さらに運転手までが同じような内容のことを繰り返す。高齢者が増えて、乗り間違い、聞き忘れて乗り越してしまう。そんなことが増えたのだろうか。「席を移動しないでください」「バスが止まるまで立たないでください」と、とにかく乗っている間中車内放送を聞いている気がする。
さらに今回外国人である。日常聞き慣れないイントネーションの言葉を聞いているとイライラ感が増す。 

この車内放送はどのようにして制作されているのだろうか。果たして全体をコントロールしている人、いわゆるディレクターという人はいるのだろうか、聞いている人の立場はどれくらい考えて制作されているのだろうか、などと仕事柄いろいろ気になってくる。台本を用意して、「これを間違えずに読めばいい」と指示しているだけだろうか。イントネーション一つで何を言っているかよくわからなかったり、不快になったりすることがある。ローカルバスである。決められたようにしゃべるだけではなく、時には方言も交えて放送したり、優しい言葉、気の利いた言葉をかけたりしたら、バスの中も和やかな雰囲気になるのではなかろうか。親しみもわくだろう。そういう地域コミュニケーションバスというものが、今ますます重要になってきているのではないだろうか。
外国では全く放送がないことが多い。一生懸命外を眺めて通りの名前、バス停の名前を間違えないようにしないと、とんでもないところに連れて行かれるなどということは当たり前にある。そんな国がいいとは思わない。しかし、何度もお節介のようなことを言うのではなく、日本らしいよさを考えて欲しい。
中央一辺倒から地方の時代になろうとしているのだ。どんどん変えよう。
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2012年03月26日

「上 司」(第289回)

いつも朝歩いて駅に向かう途中に「○○信用金庫」(実名で出したい気持ち)がある。その前を通ると必ず毎日45人、この信用金庫の社員が、横の社員通用口のところにみんな黙って、暗そうな顔をしてただ立っている。今朝は78人いた。朝の8時25分頃である。
毎朝この光景を見る度にどうしようもなく苛立つ。この会社の入口の鍵を持っているのはきっと支店長か、それに近い人なのだろう。その人が来るまで、社員はこうしてじっと寒い中、ひたすら待っているのである。毎日である。会社に来た時、この光景を見て上司は何も感じないのだろうかと思う。さらにこの会社の社員たちはよくもまあ、このような状況にいつまでも我慢していると、私などには不思議でしょうがない。
この光景を見ただけで、この会社の内情が手に取るようにわかる。上司もサラリーマン、社員もサラリーマン、だれも問題に気づいていない。気づいていても何も言わない。言えない。言ったところで何も変わらないし、逆に睨まれてしまうだけ。それなら黙っていたほうがいい。いわゆる賢いサラリーマンはなるべくこの支店から早く変えてもらえるように動いているかもしれない。だれも支店長、福支店長のことを信頼しているわけではない。上司もこんな小さな支店から早く変わりたい、そんなことが渦巻いているのだろう。だれもお客さんの方向を向いている人はいないかもしれない。そんな会社に大切なお金を預けている人が沢山いるのである。
前を通っているこの信用金庫のお客さんがこの光景を見て何を感じているか、と気づいている社員が果たしているのだろうか。 

今、日経新聞でダイワハウス工業の樋口会長の「私の履歴書」が連載されている。その中で、先日彼がこんなことを書いていた。社長になったとき、各事業部の朝礼に参加して一番後ろで聞いていたが、前で事業部長が何を言っているのか聞こえない。後ろの社員は聞こえていなくても何も言わない。「何も聞こえんぞ!形式的にするくらいならやめてしまえ!」と大声で怒鳴ったというようなことを書いていた。
この人に限らず、トップに立った多くの人に共通する話がある。とにかく現場。工場の現場、販売の末端で何が起こっているのか、ということを、自分の目で把握することにとても重きを置いていることである。そんな話を彼らから直接何回も聞いたことがある。
私が40年携わっているマーケティングの基本もそこにある。売りの現場で何が起こっているのか、何が問題なのか、その把握がまずスタートである。その上で解決策を組み立てる。決して声の大きい人の意見を聞くのではない。
この信用金庫、たしか10年ほど前に強盗が入って大変な被害に遭った金融機関だったはずだ。
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2012年03月19日

「真剣勝負」(第288回)

大阪のミナミ、難波の人ごみの中を歩いていたら、突然大きな男にぶつかった。なんだろうと思って見ると相撲取りさんだった。紺の羽織を着て、いわゆるセッタを履いて、髪を結っている。なんという力士なのか全くわからなかった。一人で街の中を歩いているのだからそれ程番付が上の人ではないのかもしれない。眼がキラキラと輝いていたのがとても印象的だった。素直な好青年に見えた。何となく春の風のようなものを感じ、「がんばってね」そう声をかけたい気持ちになった。すぐに人ごみの中に消えていった。
そういえば今大阪場所の最中なのだ、ということに気づいた。2年ぶりに大阪の本場所である。昨年は相撲の世界も大変だったということを思い出した。
私は相撲が好きだ。30年位前になるが、春の大阪場所を一度だけ田舎の父が出てきたので一緒に見に行ったことがある。大阪場所の時に、ある相撲部屋にも朝稽古を見に行ったことがある。その練習の迫力にびっくりすると同時に、力士の人達と朝の稽古の後、一緒にちゃんこ鍋をいただいたことがある。稽古での泥が身体についた姿のまま、大きな鍋にちゃんこをつくっている下の力士と、谷町の人と談笑している、いわゆる関取の姿を見ていると、その厳しい世界を垣間見たように思った。
そんな私でも、あの不祥事の後は、あまり相撲を見たいと思わなかった。魅力がなくなっていた。相撲はこれで長い歴史を閉じるのかな、と本当に感じていた。
しかし今、相撲業界はあの不祥事が嘘だったかのように見事によみがえったようだ。再スタートをきってから新大関も生まれた。明るい笑顔が魅力の把瑠都が優勝した。取り組みを見ていても、元気で素直な明るさが見えるようになった。本当に真面目に真剣に取り組んでいる様子がとても気持ちよく伝わってくる。不思議なものである。
別に相撲に限ったことではない。スポーツがいいのは本当に限界まで力を出し切ってぶつかり合うところにある。手を抜いた戦いもあるが、そういうのは見ていてすぐわかる。
サッカーの試合を見ていると、「ワールドカップ」「オリンピック」などへの切符がかかった試合とプロクラブの興行的試合ではその迫力がまるで違う。さらにファウルでのあのオーバーなジェスチャーは見ていてあまり好感の持てるものではない。別にサッカーという競技が嫌いではないが、サッカーは真剣勝負の見れる国際試合しか見ない。 

今年はスポーツの年のようだ。
夏のロンドンオリンピックに向けて、様々な競技で参加を決める試合が行われている。震災で社会が疲弊し、経済は出口が見えずに低迷、混乱し、餓死、虐待死、などという言葉が連日新聞の社会面を賑わす今の日本の中で、唯一元気な夢のある分野である。
オリンピックの代表に選ばれた人たちの嬉しそうな、晴れやかな顔を見ているとこちらも元気がもらえるような気がする。素直に「よかったね」と声をかけてあげたくなる。
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2012年03月12日

「評価と能力」(第287回)

甥っ子から結婚式の招待状が来た。
かねてより決まっていたことで、口頭でも聞いていたから、1週間くらいテーブルの上に置いたままにしていた。「これ早く返事をださないと」と家人が言ったので「出しといて」と簡単に言うと「え〜っ、何か書かないといけないじゃない」と言うから「だから何か書いて出しといてよ」と又簡単に言うと「書けないよ」と返ってくる。「何書くかによっていろいろ評価されるからな」と少し意地悪を言うと、「大きな字でおめでとう、とだけ書いて送るか」と独り言のように言ったからもうそのまま何も言わなかった。
こういった招待状をもらった時、さてこのはがきの大きな空欄に何を書いたらいいのか悩んでしまう。政治家のパーティの案内なども同じハガキが入っている。簡単に「おめでとう」とか「ありがとう」とか「がんばって」とか書けばいいのだろう。しかし、考えてしまう。こういう返信に相手は何を期待しているのだろう。何かを期待しているからこんな空欄の多いハガキを入れているのだろう。相手のそんな気持ちにすぐ「これを書いてやろう」というものがある場合はいい。しかし、そんな時ばかりではない。今回のようによくわかっている場合には、さして言う言葉もない。なんとなく鬱陶しいと思うことも多い。なんとか自分らしい、気のきいた言葉でも書こうと思うからどんどん返事が遅くなってしまう。 

人間というのは常に廻りの人の評価に晒されている。今回のような場合でも、どのように書くかによってたぶん色々に評価されるのだろう。良い評価を得たいと思うから人は頑張る。しかし、いかんせん人にはそれぞれの能力があり、いくらがんばっても超人的というわけにはいかない。
能力というものは持って生まれた才能と不断の(普段の)努力の結果である。持って生まれた才能がどれほどのものなのかは最初は誰にもわからないが、不思議なもので、同じ努力をしているのに出る結果がまるで違うということがある。スポーツなどはその典型である。若い時にはまだまだいけると、努力する。しかし、一生懸命努力はするものの、どうしても満足する結果が出ない。結局は自分には能力がないと、どこかであきらめることになる。スポーツなどはある年齢が来れば肉体的にどうにもならないから人生の時間でいうと、早めに結論が出る。だから別の道にも進める。その点、生き様というやつはやっかいである。私という人間には持って生まれた能力がどれくらいあるのか、どれだけ努力をしたのか、いまだに見えない。そうやって、生きる年数にだんだん後がなくなってくる…。
どうやら招待状の返事は、私が書かなくてはならなくなりそうだ。 
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2012年03月05日

「茅葺職人」(第286回)

「茅葺のいいところはどこですか?」と問われると「メリットは一つもありません」とお答えます、とその人は言った。
省エネになる、快適だ、安い、というような判断基準を持って、このような質問をされるとどうしてもそう答えてしまうという。
家というものに対して昔の人は、今私が住んでいるというのはただ単に一時、間借りをしているだけなのだ、と思っていたのではないか。私のために作ったのではない、神、仏、先祖、子供たちの将来のためにつくったのだ、そう思っていたのではないか。自然・永遠というものに対する畏敬の念がそこにはあると、茅葺屋根再生現場に立ち、感慨深げな横顔を見せながら茅葺職人、西尾は言う。まだ40歳そこそこである。 

久しぶりにいい話を聞いた。
大学の哲学科を出て、就職先をどうしようかと悩んでいる時に茅葺職人の募集チラシを見た。何かひらめくものを感じ、そのまま弟子になった。そして約20年、建築士の資格も取り、彼は見事この世界に自分の道を開いた。
伝統的重要文化財の修復工事などの仕事もしているが、これほどつまらないものはないと彼は言う。そこには全く住民は関与していない。昔あった形を、ただ学者の言われるまま、復元するだけで、おもしろくないと。
もっと近隣の人と、先祖から繋がってきたこの文化を共有したい、共有しながら仕事をしたい、それが繋がりを生きていることだ、と棟上げの儀式の時には近隣の人とともに昔からここに暮らしてきた人へ想いをはせながら皆で文化を分かち合う。
見せていただいた兵庫播磨の現場には、仕事の拠点である京都美山から4カ月間、自炊の単身生活をした。声がかかれば全国いや、海外まで行くという。
今イギリス、オランダなどでは茅葺の家が大きな人気になっているそうだ。オランダでは昨年三千棟の茅葺の家が建ったそうである。
「茅葺の家は、“総支え”という考え方で作られています。縄で縛っている棟の垂木は、釘やボルトで締めたように“一点”ごとにしっかり繋がっている訳ではありません。しかし、地震のような時には、このように縄で縛ってある方が全体で支えあい、つぶれないのです。人間も同じで、弱い者と強い者が必ずいます。賢い人とそうでない人が必ずいます。皆で支え合っているのが社会です。ですが今の建築は、こまかい一つ一つがきちんとしているか、ということをうるさく言います。社会でも同じような風潮にあります」と言われた言葉は、さすがに哲学科を出た彼の言葉だと思った。


屋根 (NXPowerLite).JPG  古民家 (NXPowerLite).JPG
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中瀬 善秀(著)¥2,000(税抜)

きおく色の刻(とき)は、
限りなく透明。
記憶の深淵に漂うものは・・・・・。



新刊『刻のかたち』
第161回「刻のかたち」.jpg

刻のかたち
佐藤 善秀(著)¥2,000(税抜)

刻(とき)は、音楽のように、
光と影のシルエットのなかに、
象(かた)を変えて
虚空を彷徨う・・・・・。


 *購入ご希望の方は、ロスコへ直接お
  申し込みいただくあるいは、お近く
  の書店または、インターネット書店
  でご購入ください。


*直接のご購入申込は⇒
 info@rosco-rd.co.jp へ
@お名前
 A電話番号
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をご記入の上、送信ください。

よろしくお願いいたします。
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